今年の５月下旬頃から、各地のガードレールで金属破片が見つかって大きな社会問題化している。
朝日新聞の６月７日付け朝刊の集計によると、４７都道府県すべてに及び、計２７，０００箇所以上になったと報じていた。
最初に問題が発覚したのは、その金属破片で１８針を縫う大怪我をした人が出た、ということからであった。さらに調べたところ、そのほかにも数名過去に怪我をしたといっていた人がいて、徐々に大問題化していった。
問題化した当初、いったい誰がこんなことをしたのか、ともっぱら人為的なことが原因の主流に挙げられ、その目的に謎が謎を呼んだ。
しかし、最近の調査では、車がガードレールにぶつかったとき、ガードレールの継ぎ目にその一部の破片が突き刺さり削ぎとられた、との警察の見解が出て、世情はやや落ち着きを見せている。
話は変わる。
今からすでに５０数年前に起きた、本当にあった不思議な出来事をご披露したい。
５０数年前ということは、私が子供の頃のことである。
ある日、私の次弟（小学生かそれ以前）が、右足膝上内腿辺りから多量の血を流しながら帰宅してきた。
傷口を見ると、長さ４～５センチ幅２センチ程度の楕円に浅くではあるが肉が削ぎとられ、傷口がぱっくりと開いていた。
もちろんそのときは、慌てて病院に行って手当てをさせた。
さて、その原因であるが、弟曰く「何もしてない。ただ原っぱで遊んでいて、突然右足に痛みを覚え見たらこうなっていた」という。
両親はじめ家の者は、いたずら盛りの子供のことだから本人は自覚してないうちにどこか鋭利な金属にでもぶつかってそうなったのだろう、と勝手に推測していた。
ところが、手当てをした医者が「これは鎌鼬（かまいたち）ではないか」という。
そのときの医者の鎌鼬の説明は、「空気中に真空の場所が出来て、それに出会うと皮膚が切れたり肉が削げたりする」といったようなことを言った、と記憶している。
それでもそんな科学的なことは私には分からず、鎌鼬の言葉だけが独り歩きを始めた。
鎌を持ったいたちが草むらに隠れていて人間に悪さをするのか、と真剣に考えた。
もしかしたら、居るか居ないか分からない架空動物の仲間、たとえば鬼、河童、竜、つちのこ、座敷わらしなどと同列に鎌鼬も居るのではないかとも思えたわけである。
そして、もしほんとうにそうなら、なんとミステリアスなことだろうか。何か科学では割り切れない、この世の深遠な部分に触れたような気までしてきて、私たち家族だけが不思議な秘密を共有してしまった、そんな会話さえ交わしたものであった。
話はそれまでだが、いったい〝鎌鼬〟の本当の正体は如何に？広辞苑には以下のように記してある。
かま‐いたち【鎌鼬】
物に触れても打ちつけてもいないのに、切傷のできる現象。昔は鼬のしわざと考え、この名がある。越後七不思議の一つに数え、信越地方に多い。鎌風。 冬
とある。
ただし、私の次弟は、横浜の原っぱで鎌鼬にやられたのである。
これをお読みになってもまだ、はじめて鎌鼬をお知りになった方の中には、本当にそんなことがあるだろうかと思われた方もおられると思う。
それぐらい不思議な現象ではある。
確か、作家井上靖だったと思うが、小説だったか随筆だったかも忘れたが、鎌鼬を題材した短編を読んだ記憶がある。
今回のガードレール金属片事件は、いずれすべてにおいて原因の解明がなされるとは思うが、いささか鎌鼬に似たミステリアスな事件であったので、遠い昔の記憶がよみがえってきた。
はたして、金属片を削ぎ取るガードレールが鎌鼬か？それとも金属片そのものが鎌鼬か？などとも考えてみたが、私には、その両方とも現代の鎌鼬に思え、それ以上深く詮索することをやめることにした。
（完）
平成１7年 ７月 １日 DOKKOU著
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